ミスマッチを防ぎ、エンゲージメントを高める:メンターシップにおける期待値すり合わせの実践
はじめに:メンターシップの効果を左右する「期待値」の重要性
次世代リーダー育成の有効な手段として、多くの企業でメンターシッププログラムが導入されています。しかしながら、「プログラムが形式化してしまう」「参加者のエンゲージメントが低い」「期待していた効果が得られない」といった課題に直面することも少なくありません。これらの課題の根底には、メンターとメンティーの間での「期待値のずれ」が潜んでいるケースが多く見られます。
メンターシップは、単に経験者が知識やスキルを教えるだけでなく、両者の信頼関係に基づき、メンティーの成長を多角的に支援するプロセスです。このプロセスが円滑に進み、最大限の効果を発揮するためには、プログラム開始時、そして進行中に、メンターとメンティーがお互いに何を期待しているのか、何を目指すのかを明確にすり合わせることが不可欠です。期待値が一致していると、ミスマッチを防ぎ、エンゲージメントが高まり、より建設的で実りあるセッションが実現します。
本稿では、メンターシップにおける期待値すり合わせの重要性を掘り下げるとともに、具体的な実践方法、人事担当者がプログラム設計・運用において考慮すべき点について解説します。
なぜ期待値のすり合わせが重要なのか
メンターシッププログラムにおける期待値のすり合わせは、以下の点で極めて重要です。
- ミスマッチの防止と解消: 事前に互いの期待を共有することで、「メンターはキャリア相談を期待していたが、メンティーは専門スキルに関する指導を求めていた」といった基本的なミスマッチを防ぐことができます。もし既にズレがある場合でも、早期に認識し、調整する機会を持つことができます。
- 信頼関係の構築基盤: 期待を正直に伝え、相手の期待を理解しようとする姿勢は、メンターとメンティー間の信頼関係を築く上で最初の重要なステップとなります。互いの意図や目標を共有することで、安心感が生まれ、オープンなコミュニケーションが促進されます。
- セッションの質の向上: 目的や取り組むべきテーマが明確になるため、メンターシップセッションの内容が具体的で、メンティーのニーズに即したものになります。限られた時間を有効活用し、表面的な会話に終始することを避けることができます。
- エンゲージメントの維持と向上: 期待が明確で、それに沿った活動が行われている場合、メンター、メンティー双方がプログラムに参加する意義を感じやすくなります。これにより、プログラムに対するモチベーションやコミットメントが維持され、エンゲージメントの低下を防ぐことができます。
- 成果の可視化と評価: プログラム開始時にどのような成果を目指すのか(期待値)を明確にすることで、その後の進捗を測定しやすくなります。これは、プログラム全体の効果測定や改善にも繋がります。
メンターとメンティーの間ですり合わせるべき具体的な項目
メンターとメンティーは、初回セッションやプログラム開始初期に、以下の具体的な項目について時間をかけて話し合い、共通理解を形成することが推奨されます。
- メンターシップの目的と目標:
- このメンターシップを通じて、メンティーは何を達成したいのか?(例:特定のスキル習得、キャリアパスの明確化、社内ネットワーク構築、リーダーシップ能力向上など)
- メンターとして、メンティーのどのような成長を支援できるか?
- プログラム終了時までに、どのような状態になっていたいか?
- コミュニケーションの頻度と手段:
- どのくらいの頻度で会う(話す)か?(例:月1回、隔週など)
- 1回あたりのセッション時間はどのくらいか?
- 対面、オンライン、電話など、どのような手段でコミュニケーションを取るか?
- セッション以外の連絡手段(メール、チャットなど)やその頻度・応答時間に関する期待値は?
- セッションのスタイルと内容:
- セッションはどのようなスタイルで行いたいか?(例:メンティーからの相談ベース、メンターからの問いかけ中心、特定のテーマに関する議論など)
- どのような話題について話したい/話したくないか?(例:仕事内容、キャリア、プライベート、スキル、組織課題など)
- フィードバックの提供方法や受け止め方について(例:具体的な行動に焦点を当てる、ポジティブ/ネガティブ両面、すぐに伝えるか後でまとめてかなど)
- それぞれの役割と責任:
- メンティーはセッションのためにどのような準備をするか?(例:事前に話したいテーマを考える、アクションアイテムの進捗報告など)
- メンターはどのような役割を担うか?(例:経験共有、問いかけ、傾聴、助言、リソース提供など)
- プログラム期間中の両者のコミットメントレベルはどのくらいか?
- 守秘義務と情報の取り扱い:
- セッション内容をどこまで外部(会社、上司、同僚など)に話してよいか?
- プライベートな情報にどこまで踏み込むか、その情報の取り扱いは?
- 懸念事項や難しい状況への対応:
- セッションの進め方や内容に懸念が生じた場合、どのように伝えるか?
- 相性や期待値のずれを感じた場合、どのように対処するか?
- プログラムを継続することが難しいと感じた場合、どうするか?
これらの項目について、一方的に決めるのではなく、双方が意見を出し合い、共通の理解点と相違点を認識することが重要です。相違点については、調整や妥協点を探るプロセスそのものが、関係性構築に役立ちます。
実践:期待値すり合わせの具体的なステップと人事担当者の支援
期待値のすり合わせを効果的に行うためには、以下のステップが考えられます。
ステップ1:プログラム開始前のオリエンテーション
人事担当者は、メンター・メンティーそれぞれに対し、メンターシップの目的、プログラムの全体像、役割、期待される行動などについて明確な情報を提供する必要があります。この段階で、「期待値のすり合わせが重要であること」を両者に伝え、そのための時間を設けるように促します。期待値すり合わせのためのチェックリストやガイドラインを提供することも有効です。
ステップ2:初回セッションでの丁寧な話し合い
メンターとメンティーは、初回セッションの大部分を期待値のすり合わせに費やすべきです。上記で挙げたような項目について、お互いに質問し合い、自分の考えや期待を率直に伝えます。理想的には、これらの話し合いの内容を簡単な覚書や共通のドキュメントとして残しておくと、後で見返すことができ、認識のずれが生じた際の確認に役立ちます。
ステップ3:定期的な見直しと調整
期待値は時間とともに変化する可能性があります。メンティーの成長段階や状況の変化に応じて、プログラムの目的や進め方を見直す必要が出てくるかもしれません。そのため、数ヶ月に一度など定期的に、あるいは節目ごとに、改めてお互いの期待値について話し合う機会を設けることが推奨されます。「最近のセッションは期待通りか?」「今後、特に力を入れたいテーマは?」「コミュニケーションで改善したい点は?」といった問いかけから始めると良いでしょう。
人事担当者ができる支援
人事・人材開発担当者は、期待値すり合わせのプロセスを円滑に進めるために、以下のような支援を行うことができます。
- 期待値すり合わせワークシートやガイドラインの提供: 何について話し合うべきかを具体的に示した資料を作成し、提供します。
- メンター・メンティー向け研修での組み込み: 期待値すり合わせの重要性、具体的な話し合い方、傾聴や質問のスキルなどを研修コンテンツに含めます。
- 初回セッションの推奨アジェンダ作成: 初回セッションでどのような項目について話し合うべきか、目安となる時間配分などを示したアジェンダ例を提供します。
- プログラム中のフォローアップ: 定期的なアンケートや個別面談を通じて、期待値のずれやコミュニケーション上の課題がないかを確認し、必要に応じてアドバイスや仲介を行います。
- ミスマッチ発生時の対応フロー構築: 期待値のずれが大きく、関係性の継続が困難な場合の相談窓口設置や、再マッチングの可能性検討など、対応フローをあらかじめ定めておきます。
期待値のズレが生じた場合の対応
どれだけ丁寧にすり合わせを行っても、期待値にズレが生じたり、状況の変化でズレが大きくなったりすることはあります。重要なのは、それを放置せず、早期に認識して対処することです。
- オープンなコミュニケーション: メンター、メンティーの双方が、「あれ?何か違うな」と感じたら、我慢せずに率直に相手に伝える勇気を持つことが重要です。「最近、〇〇についてもっと話せると嬉しいのですが、どう思われますか?」のように、相手を責めるのではなく、自分の希望や感じていることを丁寧に伝えるスキルが求められます。
- 第三者(人事担当者)への相談: 当事者同士での解決が難しい場合や、話し合いのきっかけがつかめない場合は、プログラム運営を担当する人事担当者に相談します。人事担当者は、状況を客観的に把握し、アドバイスを提供したり、必要に応じて間に入って話し合いをサポートしたりすることができます。
- 期待値の再設定: ズレが確認されたら、改めて何に対する期待値がずれているのかを明確にし、両者が納得できる新たな期待値や目標を再設定します。
まとめ:期待値すり合わせはメンターシップ成功のための継続的な取り組み
メンターシッププログラムを成功させ、次世代リーダーの効果的な育成につなげるためには、メンターとメンティー間の「期待値のすり合わせ」が極めて重要なプロセスとなります。これはプログラム開始時に一度行えば終わりではなく、関係性の進行とともに定期的に見直し、調整していくべき継続的な取り組みです。
人事・人材開発担当者としては、期待値すり合わせの重要性を参加者に周知し、具体的な手法やツールを提供し、そして期待値のズレが発生した場合のサポート体制を整えることが求められます。この地道な取り組みこそが、メンターシップの形式化を防ぎ、参加者のエンゲージメントを高め、プログラムから最大限の成果を引き出すための確かな基盤となります。
自社のメンターシッププログラムにおいて、もし期待値のすり合わせが十分に行われていないと感じる部分があれば、本稿で述べた実践方法を参考に、改善の一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。